作らなきゃいけなかったので…公開しておきます… これが黒歴史にならなきゃいいな… ↓ ↓ 「人に恋する方法を、ぼくはまだ知らない」 あなたは、車が好きだろうか。 もし「別に興味がない」と答えるなら、一度だけ想像してみてほしい。 車というものは、驚くほど人間に似ている。 前方から眺めたときのヘッドライトとその周りは「顔」であり、人に背の高さや体型があるように、車にも固有の大きさとシルエットがある。地面を支えるタイヤは「足」だ。 ボンネットの奥で静かに揺れるエンジンは「心臓」で、キーを回した時に響くエンジン音や排気音は、その車固有の「声」にあたる。 前輪で素直に引っ張っていく奴もいれば、後ろから暴れ馬のように押し出してくる奴、四輪すべてで安定して地を蹴る奴もいる。駆動方式や、車を押し出す力、すなわち馬力の違いは、そのままその車の「性格」だ。 そう考えると、街を走る車たちはみんな、それぞれ違う体型や声を持った「人間」のように見えてこないだろうか。 今日も、自室のレースゲームで車を走らせる。 このゲームが良いのは、街に溢れるような非現実的な挙動のゲームではないからだ。現実の、本物の車を走らせているような生の感覚が、ハンコン(ステアリング)を通して手に伝わってくる。 メニューでお気に入りの車を選ぶ。そしてアクセルを踏み込む。直線の先、コーナーが近づいてくる。世間一般で言う「カーブ」というものだ。 アクセルを抜き、踏み代を確かめるようにブレーキを踏む。車重が前へと移動するのを感じながらハンドルを傾け、立ち上がりへと曲がっていく。 車が通過した軌跡を繋いだ湾曲した線は、「ライン」と呼ばれる。 車種によって、あるいはドライバーによってその描くラインはまったく異なってくる。 今思えば、それは人が紡いできた、右往左往する人生そのもののようにも思えた。 画面の向こう、スキール音とエンジン音だけが満ちるその空間にいるときだけ、僕は現実のあれこれから解放され、ただの「線」になることができる。 教室の隅で、誰かが誰かの噂話をしている。 確かにあの人は可愛いし、あの人はかっこいい。顔の造形や声のトーン、纏う雰囲気の違いとして、そういった事実があることは僕にも分かっている。 ——しかし、僕は人に恋をしたことがない。 周りのみんなが誰かに心を寄せ、胸を躍らせたり痛めたりしている感覚が、僕にはどうしても理解できなかった。誰かの顔や声のパーツを捉えることはできても、そこから「好き」という感情へどう跳躍すればいいのか、その回路が僕の頭には存在しないのだ。 けれど、僕にも何かを「好き」になった明確なきっかけはある。 小さい頃、お父さんがくれた一台のパソコン用マウス。それは車の形をしていて、鮮やかなオレンジ色に塗られていた。なめらかな曲線を描くボンネット、引き締まったリアのデザイン。手の中にすっぽりと収まるその美しい形状を指先でなぞったとき、胸の奥が熱くなるのを感じた。 僕は、あの車に恋をしたのだ。 だから思う。人についての好きなところをうまく言葉にできないからこそ、僕はあの時、完璧な造形と音を持つ車に惹かれてしまったのかもしれない、と。