しばらく、俺は談話室で過ごしていた。 昨日までなら色々なところに案内され、見て回ることが大半ではあったけれど…… のんびりした時間も良いな。ヒトが沢山いるからここにいるだけでも楽しい。 サティはドビュッシーを煽り、ドビュッシーは見事にサティのペースに乗せられていた。 3時になればロッシーニがクッキーを焼き、みんなで分け合って食べた。 俺はクッキーを食べている間、ドヴォルザークとチャイコフスキーの会話に耳を傾けていた。 音楽について話し合っていたみたいだが何を言っているのかはよく分からなかった。 ------------------------ …気がつけば4時になっていた。時間の流れというのは早い。 サティとドビュッシーは未だに言い争っている。 本当に仲が良いなあの二人。 ショパン「今日何度目の喧嘩?」 リスト「4ぐらいじゃないかな」 ショパン「なんだ、少ないね」 少ないのかよ。 あんな言い争っていればどこかで仲違いが起こるとは思うのだけれど。 周りのヒト達が上手く調整しているのかな。 そんなことを考えながら二人をボーっと見つめていると、扉をノックする音が聞こえてきた。 リストがすかさずソファから立ち上がり、扉の前まで来ると「どうぞ」と小さく言う。 扉が開くとそこには白狐が立っていた。 リスト「やあ廉太郎、よく来たね」 瀧「こんにちはリストさん、…あ、湊さん!いたんですね!」 湊「え、廉太郎?なんでここに?」 リストは俺を見てニヤニヤとしているし、廉太郎は露骨にテンションが上がっている。 この二人、何か企んでるな…??? リスト「実は昨日廉太郎が僕の部屋に訪ねてきたんだ。 どうやら君のことを屋敷に案内したいみたいでね。 だから今日の午後4時、この談話室に来てと伝えたんだ。僕の方で上手くやるから…って。 今日の朝はテレマンさんと一緒で、無理かなと思ったのだけれど…湊くんには連れ回すようなことをさせて悪かった」 湊「なるほどそういうことだったのか!気にしなくて良いよ大丈夫!屋敷に行ってみたかったし、 この場所に慣れたら色々なところ自由に回りたいし、正直連れ回されるのはめちゃくちゃ嬉しい」 するとリストも廉太郎も安心したように口を緩めた。 やっぱり俺は誘われ体質みたいだ。 …あれ?そういえばなんで俺とテレマンの元にリストだけでなく、ショパンも来てくれたんだ? まあ深く考えないでも良いか。 瀧「それで…湊さん。今から屋敷に戻るのですが、大丈夫でしょうか?もう少しここにいたい…とか」 湊「いや、リスト達とはたっくさん話したし大丈夫! リストも他のみんなも今日は話してくれてありがとな!!また明日も来るわ!」 リスト「うん、またね湊くん。廉太郎も帰りは気をつけて」 こうして俺は談話室を後にした。 ----------------------- 俺と廉太郎は屋敷に繋がるという渡り廊下に向かって歩いていた。 湊「廉太郎、屋敷ってどんなところ?」 瀧「あまり日本のものとは変わりませんよ、 ときどきリストさんや他の外国の方も訪れるのですが、文化の違いに驚かれることが多いですね」 湊「やっぱり全然違うもんなぁ〜、そりゃ驚くわな」 話していると忘れるんだけれど、リストもショパンも、モーツァルトもみーんな外国の作曲家なんだよな。 日本の文化に驚いているところは少し見てみたい。 ふと廉太郎の耳がピクリと動くと立ち止まり、 後ろを見つめた。 不思議に思っていると廉太郎が完全に振り返り、 腕で俺を背中の方に押し込んだ。 廉太郎が見つめる方には何もいない。いないのだけれど…少し歪な気配を感じる気がする。 あー…これ、もしかしなくとも音喰い…。 思った通り、目の前に音喰いが現れた。 前回出会った奴とは違い、狼のような姿。でも充血したような赤い目は前見た音喰いと同じだった。 廉太郎は音弾を手に作り出し、それを放とうとしたそのとき、音喰いの後ろから違う音弾が飛んできた。 少し歪な音弾。それが音喰いに当たった瞬間、 音喰いは途端に苦しそうに体を捩らせた。 音弾が飛んできた方向に目をやると、そこには帽子を押さえたサティがいた。 サティが一歩足を踏み出すと、音喰いは恐怖を感じたのか外に抜け出そうと窓に向かった。 だが窓を擦り抜けようとした音喰いはあっという間に体がボロボロと崩れてしまった。 その様子を呆然と見つめていると、サティはため息を吐いてこちらに歩み寄ってきた。 そして廉太郎の前で止まると、少しだけ首を傾げる。 サティ「二人とも、怪我は?」 瀧「大丈夫です、助けてくださりありがとうございます」 湊「俺からも…ありがとう!なんだかサティの音弾はビリビリしてて凄いな!どういう仕組みなんだ?」 サティは考えるように尻尾を揺らした。 サティ「…そうか、君は初めて見るか。言っておくが私の音弾が特別な訳ではない。 【ヴェクサシオン】を発動したからあのような音弾になった、それだけのことだ」 湊「…うん?」 瀧「ヴェクサシオンの曲自体の内容は、一つのテーマを840回繰り返すというものです」 湊「840回?!」 瀧「ついでに言うとヴェクサシオンは フランス語で嫌がらせという意味で、 演奏時間は10時間以上にもなりますよ」 湊「うーんサティってさ、人を56そうって思ったことある?」 サティ「なんだ急に、物騒だな」 本人はこう言っているが多分人を56そうとしてる。 ワーグナーの【ワルキューレの騎行】が発動されたときは馬の幻影が音喰いに向かって走っていた… 作品の内容に似た効果が出るということは、 ヴェクサシオンは毒みたいなものなのだろうか。 サティ「音喰いは体の質で強さも硬さも変わってくる。勿論音弾などの攻撃を受ければ削られる。 ヴェクサシオンの効果を持った音弾を受ければどうなるかはもう分かるだろう」 湊「長時間質を削られるってことだろ?陰湿技…」 サティの陰湿技は音喰いからしたら絶対に当たりたくない部類なんだろうな。 体に有害な物質なんて絶対取り入れたくない。 …そういえばなんで音喰いは窓に当たって体が崩れたんだ?脆くなってたから? 湊「音喰いって体が脆くなると何かに当たるだけでも崩れるのか?」 サティ「いや、奴らは壁も天井もお構いなしに通り抜けてくる。それに音喰いはこの世界のどこにでもいる。 特に音が多い地域には多くの音喰いが生息している。これだけ聞けば何故毎日のように襲って来ないか疑問に思うだろう」 湊「確かに…」 この世界って結構魔境の地だな。 俺がここに来たとき、確か空を飛んでいる 黒い物体がいたもんな。 じゃあ魔鏡の地か、人間なんかすぐ絶滅しそうだ。 瀧「だから結界を張っているんです、 音で構築された結界に接触すれば大体の音喰いは消滅してしまう。結界を擦り抜けたとしても質は削られている。弱い個体は外に出られなくなり、 音弾を受けるか結界に触れるか… どちらにせよ消滅を待つのみです」 湊「とんでもねぇな…ちょっと音喰いが可哀想に思ってしまったけど人里に降りたクマみたいなもんか。 放っておいたら何するか分からないしな… そういえば結界張ってる奴誰なの?」 サティ「バッハさんだが」 湊「バッハ?!あの人そんな重要な立場にいるのかよ…?」 みんながここで安心して暮らせるのも、 俺がここできゃっきゃっうふふできるのも、全部バッハの結界の上で成り立っているのか…そう思うとなんだか、また会ったときに土下座をしたくなる。 瀧「バッハさんが館に来る前は少し違ったと聞いたことがありますがね」 湊「やり方が違ったみたいな? とにかく俺バッハに会ったときお礼したいわ…」 サティ「それならコーヒーを作ればあのお方は喜ぶ、 バッハさんは重度のコーヒー中毒だからな」 それはそれで心配だ。 結界を張るって並大抵のことじゃないだろうに。 あの人は自分の体を雑に扱ってたりしそうだな、 少しはゆっくり休んでほしい。 湊「…てかなんでサティはここに来てくれたんだ? 談話室から出たとき俺を見向きもしなかったじゃんか」 サティ「それは、…私から君に自己紹介をするのを忘れていたからだ。……本当は音喰いの気配がしたから君たちの元に向かっただけだが」 湊「へへ、どっちが本当の理由でも嬉しいかな。 来てくれて本当に助かったよ、ありがとう!」 サティは静かに尻尾を揺らした。 俺から一歩、二歩と距離を取り、 それから背筋をすっと伸ばした。 サティは右手を帽子のつばに添えると目を閉じた。 サティ「さて、遅くなってしまったが」 そう前置きし、サティは帽子を取って胸元へ当てた。 帽子で押さえられていた耳はピコン、と立ち上がる。 帽子の影に隠れていた目元も午後の日差しに照らされている。 サティ「私はエリック・サティ。皆と同じように」 名乗り終えると、サティは目を開いた。 その瞳は夜空のように綺麗だった。
背景って何でしょう。 月が綺麗ですね! 前回: https://scratch.mit.edu/projects/1329159900 次回: 【登場人物】 ・湊 ・サティ ・ドビュッシー ・リスト ・ショパン ・ドヴォルザーク ・チャイコフスキー ・瀧廉太郎 【作曲家紹介-エリック・サティ-】 (1866〜1925) フランスの作曲家。 音楽界の異端児という異名で知られる作曲家。 異名通り、数々のエピソードを持っている。 雨傘を何本も所有していたり、同じ服しかきなかったりと何をしたいのか全くわからない パリ音楽院では伝統的な音楽を学ぶのが退屈だったのか真面目に勉強せず、読書にふけったり教会音楽の研究をしていた。 サティの曲の一つである【ジムノペディ】は教会音楽を研究していたものが強く影響されている部分もある。 独創的な作品は後世の作曲家に影響を与えている。 【あとがき】 次回は日本の作曲家が数人出てくると思います。 BGM:街灯路の灯り(甘茶の音楽工房様)