流行りに乗っかって(こいつは結構前に作ったやつだが) タップで2026〜1950までの地図を見れます。 青空の表現力が皆無なので地図だけではわからないと思うので詳しいことが知りたい方は↓ 《歴史》 クロバニア革命 1950年 クロバニアで長年の王族への不満により社会主義革命が勃発。しかし革命後は革命軍事政権が王に取って代わるだけとなり、その後何をトチ狂ったのか周辺諸国(ヨトラント、ベールラント、クラシア、ティラニア、デルカ)に奇襲作戦を行う(クロバニア戦役)も、敗北。王政復古がなされた。 第一次ヨトラント侵攻 1953〜58年 国籍軍(ベールランド、エルパスト、ステジャ、クラシア、ティラニア)がヨトラントの豊富な石油資源を狙い侵攻。同時期にヨトラント領クランス自治区が独立を宣言し、二正面作戦を強いられ一時は首都が包囲されるもクランス自治区の独立を承認することで全兵力を多国籍軍方面へ向け、多国籍軍国内の厭戦気分も相まって58年に撤退し、見事勝利した。 第一次クランス紛争 1960年 第一次ヨトラント侵攻によって弱体化を受けていたヨトラントにて民族運動が高まり1957年、クランス自治区は独立を果たした。しかしこれを認めないローデン・ステジャ連合軍により1960年クランス侵攻作戦が始まった。当初は敗走を重ねたクランス軍だったが、ベールラントがクランスを支援することを決定し戦局は逆転。逆侵攻に成功し、ローデン・ステジャのクランス植民地をごっそりと奪い取ることに成功した。 第二次クランス紛争 1967〜1970年 第一次クランス紛争に敗北したローデン・ステジャの国内では「二度目の正直」を標語に再戦を望む声が高まっていた。こうした状況の中、ローデンは国境付近のラジオ塔を爆破された(自作自演)としてクランスへ宣戦布告。ステジャもこれに続き第二次クランス紛争が勃発した。しかし装備の面で完全に劣っていたローデン・ステジャの連合軍は初期から敗走を重ね、1970年にはステジャ領クラシア植民地の首都べリスクが陥落しローデン・ステジャ連合軍は降伏。これによりステジャは全植民地を失うこととなった。 第二次ヨトラント侵攻 1970年 ヨトラントに対してベールラント人が逮捕される自体が発生(逮捕されたベールラント人の罪状は麻薬密売人)。普通なら戦争どころか国際問題になるかどうかも怪しいが、ベールラントはこれを理由として突如空挺作戦を開始。急多国籍軍もそれに続いた。しかしヨトラント軍はゲリラ戦術で多国籍軍を苦しめ、3ヶ月で撤退に追い込んだ。 大デルカ戦争 1978〜1981年 1976年の莫大な財政赤字が露見したデルカ政府は、南ブルーメ高原をクラシア政府に売却。しかし1977年、南ブルーメ高原で大規模な石炭資源が発見されるとデルカ政府は共同利用を求める最後通帳をクラシア政府に送付。クラシア政府はこれを拒否し、大デルカ戦争が勃発した。初期こそクラシアが1週間で降伏し、ティラニア首都にも迫る勢いだったが(大陸打通作戦)、ベールラント軍による10月攻勢によって戦局が逆転。ベールラント軍は機動作戦によってデルカ軍をことごとく破り、1981年にデルカ政府は降伏。これによって西部の工業地帯が「西デルカ国際自由地域」として独立。さらにその他にも多くの領土が奪われ、デルカ政府は再軍備を2000年まで禁止されてしまった。 第三次クランス紛争 1987年 クランス政府はローデン植民地を統合し「全クランス国民の政府」を目指しており、かねてから計画していたローデン侵攻作戦を開始した。ローデン国内は当時大不景気であり、ほとんど負けること無く、ローデン植民地が統合され、クランスは統一された。 ユーランド大弾圧 1986年 ユーランド王国は近代化に失敗した国家の一つで、大デルカ戦争前はデルカ軍に癒着していた。しかしデルカ軍が解体されると、事態は急変。ユーランドは後ろ盾を失い、ベールラント軍によって違法な占領を受けた。市民は独立を求めデモを起こしたが、ベールラント軍は市民を虐◯し、さらは無罪の市民の家に押し入り金品を取るという非道な行為までした。ユーランド王家は幽閉されそれは現在まで続いている。当時は軍の暴走だと言われたが、1992年にはベールラント政府によって併合された。 第三次ヨトラント侵攻 2000年 多国籍軍の諸国はミレニアムショックと呼ばれる不況で国内経済が疲弊しており、再びヨトラントへの侵攻を決行した。しかし第一次、第二次に規模は遠く及ばず2ヶ月で国内の厭戦気分により撤退した。 ローデン内紛 2008〜2012年 ローデンはミレニアムショックを最もダイレクトに受けた国家の一つであった。国内では、共産主義を求める「ローデン人民共和国政府」を名乗る団体が台頭し、南部諸州はこれを支持し、事実上独立した。しかし中央政府はこの状況を許さず、南部諸州に対し宣戦を布告。ローデン内紛が勃発した。ベールラント軍が大規模に北部政府に支援を行ったため、南部諸州は敗退し、ローデン人民共和国政府はついに正式に発足しなかった。