暗く狭いアパートの一室に、重苦しい沈黙が流れていた。るるるは、交際して3年になる恋人のゆうりの背中を、ただ縆(あざな)われるような思いで見つめていた。るるるの取り柄は、何があってもゆうりだけを愛し続けるその一途さだった。しかし、最近のゆうりは心がここにあらずで、スマホばかりを気にしている。「…ねえ、ゆうり。最近、冷たいよ。何か隠してることある?」るるるが意を決して手を伸ばした瞬間、ゆうりは弾かれたように振り返った。その目は血走り、怒りに染まっている。すぐカッとなって手が出る、それがゆうりの悪癖だった。「うるせえな! しつこいんだよお前は!」激しい怒号とともに、ゆうりの平手打ちがるるるの頬に炸裂した。鋭い痛みが走り、るるるは畳の上に倒れ込む。ゆうりはチッと舌打ちをすると、るるるを置き去りにして、夜の街へと飛び出していった。泣き崩れるるるるのスマホが、不意に震えた。画面に表示されたのは、大学の同期であるにだいめからのメッセージだった。 『今、ゆうりが別の男とホテル街に向かうの見たよ。お前、まだあの暴力猿に執着してるわけ?』にだいめは、いつも他人の感情を斜めから見てせせら笑う冷笑厨だった。傷つくのは分かっていたが、るるるは一途さゆえに、ゆうりを引き止めなければという一心で、にだいめが送ってきた住所へと走り出した。たどり着いたのは、古びた雑居ビルのワンルームだった。ドアがわずかに開いている。るるるが息を潜めて中を覗くと、そこには信じられない光景があった。ゆうりが、見知らぬ大柄な男の胸に飛び込んでいたのだ。その男こそ、飢えた獣のような眼光を放つTanakaだった。「ゆうり、やっぱりお前、あんな奴より俺の方がいいんだろ?」Tanakaの太い声が響く。ゆうりは頬を赤らめ、るるるに見せたこともないような従順な声で「うん…あんな、すぐ嫉妬する重い奴、もう限界だったの…」と呟いた。その瞬間、るるるの頭の中が真っ白になった。「ゆうり……嘘、だよね……?」限界を超え、部屋に足を踏み入れたるるる。 その姿を見て、ゆうりは一瞬たじろいだが、すぐに顔を歪めた。「な、何しに来たんだよ! 来るなよ!」そんな3人の修羅場を、入り口の影から静かに見つめる人影があった。にだいめだ。彼はスマホのカメラを向けながら、嘲るような笑みを浮かべる。「あはは、傑作。るるる、そこまでされてまだ縋り付くんだ。滑稽すぎて涙が出るよ。一途って言えば聞こえはいいけど、ただの現実逃避じゃん」にだいめの冷酷な言葉が突き刺さる。しかし、るるるの絶望を決定づけたのは、他ならぬTanakaの行動だった。Tanakaは怯えるゆうりを背中に隠すと、るるるに向かって一歩、また一歩と獰猛に歩み寄ってきた。その佇まいはまさに野獣先輩と同じ、圧倒的な威圧感と、狙った獲物を決して逃さない凶暴さに満ちていた。「おいおい、邪魔者が入ってきたな。いいよ、来いよ。お前も一緒に楽しむか?」Tanakaは一切怯むことなく、どんどん攻める。るるるの胸ぐらを片手で掴み上げると、有無を言わさぬ力で床に叩きつけた。 「るるる、よく見てろ。ゆうりはもう、俺のモンだ」Tanakaはるるるの目の前で、ゆうりを激しく抱き寄せた。ゆうりは最初は驚いたものの、すぐにTanakaの強引な愛に身を委ね、るるるの方を見ようともしなくなった。床に伏せたまま、るるるはただ涙を流すことしかできなかった。頬の痛みよりも、一途に捧げてきた心の全てが、目の前で無残に踏みにじられていく。部屋には、Tanakaの野性味溢れる荒い息遣いと、ゆうりの甘い声、そしてそれを冷たく録画するにだいめの、クククという嘲笑だけが響き渡っていた。 床に這いつくばったまま、るるるは視界が涙で歪んでいくのを感じていた。目の前では、Tanakaがゆうりの腰を強引に抱き寄せ、さらに激しく攻め立てている。「おい、どうしたよ。もっと声出していいんだぜ? ほら、るるるが見てるぞ」Tanakaの太い声、そして野獣先輩と同じような、すべてを狂わせる狂気的な眼光。彼はるるるの絶望を燃料にするかのように、どんどん攻める手を緩めない。「あん、っ、あ…っ、Tanaka、くん……ッ!」さっきまで自分を殴り飛ばしたゆうりが、今はTanakaの腕の中で完全に雌の顔になっている。その声を聞くたびに、るるるの一途な心は、ガラスが粉々に砕け散るような音を立てて壊れていった。「うわぁ……本当に最高。これ、ネットに流したらどんな反応になるかな」ドアの隙間からスマホを回し続けているにだいめが、クツクツと肩を揺らして冷笑する。「ねえ、るるる。どんな気持ち? 3年間尽くして、殴られて、最後は目の前で他の男に寝取られる気分は? 正直、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい惨めだよ?」 にだいめの言葉は正論だった。正論だからこそ、るるるの心に深く、深く突き刺さる。ゆうりは一度たりとも、るるるを見ようとしなかった。ただTanakaの圧倒的な質量と快楽に溺れ、るるるという存在を記憶から消し去ろうとしていた。「おい、るるる。お前もこっち来いよ。いいよ、来いよ! ぬるくなってんじゃねえよ!」Tanakaが歪んだ笑みを浮かべ、るるるの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。その瞬間、るるるの中で、何かが完全に弾けた。一途だった。誰よりもゆうりを愛していた。殴られても、理不尽に怒鳴られても、いつか分かってくれると信じていた。その結果が、これだ。(…もう、いいや)るるるの瞳から、光が完全に消えた。泣くのをやめ、ただ人形のように虚無を見つめるるるるを見て、にだいめが少しだけ笑みを消す。 「あれ? 壊れちゃった? つまんないの」「ゆうり…」るるるが、掠れた声で呟いた。ゆうりはTanakaの胸に顔を埋めたまま、ビクッと身体を震わせる。すぐカッとなって手が出るはずのゆうりだったが、今のるるるから放たれる「底なしの静けさ」に、本能的な恐怖を感じて硬直していた。「バイバイ、ゆうり。今まで、ありがとう」るるるは、掴まれていたTanakaの手を、自らの力で静かに振り払った。その瞬間だけ、Tanakaの動きが止まる。るるるは立ち上がり、振り返ることもなく、開いたままのドアへと歩き出した。にだいめの横を通り過ぎるときも、その存在すら認識していないかのように、ただ真っ直ぐ前だけを見ていた。「おい、るるる! どこ行くんだよ!」後ろからTanakaの野太い声が響いたが、もうるるるの耳には届かない。夜の冷たい街に飛び出したるるるの顔には、涙も、怒りも、悲しみすらもなかった。一途すぎた愛が完全に消滅した後に残ったのは、冷徹なまでの虚無。 (ゆうり、あいつ、にだいめ……全員、絶対に許さない)るるるの足取りは、不思議と軽かった。踏みにじられた一途な男の、本当の「復讐」が、ここから始まろうとしていた。