※文字数により今回は使い方の下からスタートです! プロローグ↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388799526 第二章↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388814402 登場人物 ・黒崎悠人 ・伊藤紬 ・その他〜 メモクレで読んでね〜! 表紙はチャッピーに頼みました! (チャッピー神すぎるっ!!!) 一 七月 蝉の声が、朝からずっと聞こえていた。 窓を閉めているのに、それでもうるさい。 ミーン、ミーン、と同じような音が何度も繰り返される。 僕はベッドの上で目を開けた。 時計を見る。 午前十一時四十八分。 「……遅いな」 自分でも驚くくらい、低い声が出た。 もちろん、誰かに向けた言葉ではない。 独り言だった。 夏休みに入ってから、生活リズムは完全に崩れていた。 朝は遅く起きる。 昼食を食べる。 部屋でゲームをする。 動画を見る。 眠くなったら寝る。 夕食を食べる。 また部屋に戻る。 それだけ。 学校があるときより、むしろ忙しくない。 だからといって、楽しいわけでもなかった。 ただ、何も考えなくていい。 それだけがよかった。 僕はスマートフォンを手に取った。 通知がいくつか届いている。 学校からのお知らせ。 動画サイトの通知。 ゲームのイベント。 それだけ。 友達からのメッセージはない。 当然だ。 僕には友達がいない。 正確に言えば、中学の頃には何人かいた。 高校に入ってからも、最初の頃は何人かと話した。 でも、今はもういない。 僕が学校へ行かなくなったからだ。 最初は「体調が悪い」と言って休んだ。 次の日も休んだ。 その次の日も。 一週間経った頃には、学校へ行くという行為そのものが、 とても大きなものに感じられるようになっていた。 玄関から出る。 電車に乗る。 学校へ行く。 教室に入る。 みんなに見られる。 何かを聞かれる。 それらを想像するだけで、胸が苦しくなった。 だから行かなかった。 そして、一日休めば二日目も休める。 二日休めば三日目も。 そうやって、僕は学校から離れていった。 今では、学校のことを考えないようにしている。 考えれば、怖くなるから。 ベッドから起き上がった。 机の上には、母が置いていった朝食がある。 トースト。 目玉焼き。 牛乳。 もう冷めていた。 僕は一人でそれを食べる。 味はしなかった。 食べ終わった皿を持って、部屋を出る。 階段を下りる。 リビングには誰もいない。 母は仕事に行っている。 父もいない。 僕は皿を流しに置き、自分の部屋へ戻った。 その途中で、玄関を見る。 靴が並んでいる。 僕の靴。 学校へ行かなくなってから、ほとんど履いていない。 新品に近い。 それを見ていると、妙な気持ちになった。 僕は、何をしているんだろう。 そう思った。 けれど、その問いにも答えはない。 だから僕は、また部屋に戻った。 窓の外を見る。 青い空。 白い雲。 照りつける太陽。 道路を歩く人。 自転車に乗る人。 近所の小学生。 みんな、どこかへ向かっている。 僕だけが、どこにも向かっていない。 そんなことを考えていた。 そのときだった。 ――ガシャン!―― 「……?」 外から音がした。 僕は窓を見る。 もう一度。 ――ガタン!―― 「痛っ!」 今度は、人の声。 僕は立ち上がった。 カーテンを少し開ける。 家の横にある細い通路。 そこに、一人の女の子がいた。 自転車を倒している。 そして。 「……最悪」 彼女は膝をさすっていた。 僕はしばらく、その光景を眺めていた。 関わらない方がいい。 そう思った。 知らない人だ。 助ける理由もない。 窓を閉めれば、それで終わる。 そう思った。 でも。 彼女が倒れた自転車を起こそうとしているのを見ていると。 なぜか、放っておけなかった。 僕は窓を開けた。 「……大丈夫?」 声をかける。 彼女が顔を上げた。 「あ」 目が合った。 「人いたんだ」 「……うん」 「びっくりした」 「……ごめん」 「なんで謝るの?」 「いや……」 自分でも分からない。 彼女は僕の顔をじっと見た。 「君、隣の家の子?」 「……そう」 「へえ」 「……」 「じゃあ、お願いがある」 「何?」 「この自転車、一緒に起こして」 「……」 僕は自転車を見る。 彼女は塀の向こう側。 僕は二階の窓。 「……どうやって?」 「降りてきて」 「……無理」 「なんで?」 「……外、苦手だから」 言ってから後悔した。 初対面の人に、そんなことを言う必要はなかった。 でも彼女は笑わなかった。 「そっか」 ただ、それだけ。 そして彼女は自転車を持ち上げた。 「じゃあ、いいや。自分でやる」 「……」 僕は黙って見ていた。 彼女は何度か力を入れて。 「よいしょ……っと」 ようやく自転車を起こした。 「できた」 「……よかった」 「うん」 彼女は自転車を立てたまま、僕を見る。 「名前は?」 「……え?」 「君の名前」 「黒崎……悠人」 「悠人ね」 「……うん」 「私は伊藤紬」 「伊藤……」 「紬」 「……紬」 「そう」 彼女は笑った。 「じゃあ、またね。悠人」 「……また?」 「うん」 「なんで?」 「なんとなく」 それだけ言って、紬は自転車に乗った。 「じゃあね」 手を振る。 僕も小さく手を上げた。 彼女が去っていく。 自転車の後ろ姿が小さくなっていく。 僕は窓を閉めた。 そして。 なぜか、その日の午後は。 ずっと彼女のことを考えていた。 伊藤紬。 同じ学校なのだろうか。 何年生なのだろう。 どうして僕に話しかけたのだろう。 考えても分からない。 だから、考えるのをやめた。 そう思った。 その翌日。 午後三時。 インターホンが鳴った。 僕は玄関へ向かわなかった。 母は仕事。 父もいない。 宅配便かもしれない。 しばらくすると、音が止んだ。 そして。 僕の部屋の窓から。 「悠人ー!」 声がした。 「……」 僕は固まった。 「いるでしょー?」 昨日の声。 僕はカーテンを開けた。 紬がいた。 「……なんで?」 「遊びに来た」 「……」 「嫌だった?」 「いや……」 「じゃあ、いいじゃん」 「……何するの?」 「何もしない」 「え?」 「話すだけ」 紬はそう言って笑った。 それから。 僕たちの奇妙な関係が始まった。 続き↓メモクレ
二 毎日 紬は、毎日来た。 本当に毎日だった。 雨の日は来なかった。 台風の日も来なかった。 それ以外の日は、ほとんど来た。 午後二時から五時くらいの間。 彼女は僕の家の前まで来る。 僕は窓を開ける。 「今日、学校どうだった?」 「普通」 「先生がさー」 「うん」 「今日、体育で転んだ奴がいてさ」 「うん」 「めっちゃ面白かった」 「……ひどい」 「だって本人も笑ってたし」 「そう」 「悠人は?」 「何が?」 「今日、何してた?」 「……ゲーム」 「昨日も?」 「うん」 「一昨日も?」 「うん」 「飽きない?」 「飽きる」 「じゃあ、なんでやってるの?」 「……他にすることないから」 「そっか」 紬は、それ以上聞かなかった。 僕が学校へ行っていない理由も。 友達がいない理由も。 部屋から出ない理由も。 何も聞かなかった。 それが、僕にはありがたかった。 ある日。 紬がコンビニ袋を持ってきた。 「これあげる」 「何?」 「アイス」 「……なんで?」 「暑いから」 「紬が食べれば?」 「二個買った」 「……」 「いらない?」 「いる」 「素直じゃん」 僕は窓越しにアイスを受け取った。 「ありがとう」 「どういたしまして」 アイスを食べる。 冷たかった。 「美味しい?」 「うん」 「よかった」 紬は自分のアイスを食べながら、僕を見る。 「ねえ」 「何?」 「悠人ってさ」 「うん」 「学校、嫌い?」 手が止まった。 「……どうして?」 「だって行ってないじゃん」 「……」 「ごめん。答えたくなかったらいい」 「……嫌いというか」 僕は少し考えた。 「怖い」 「……怖い?」 「うん」 紬は何も言わなかった。 僕は続けた。 「人と話すのが苦手なんだ」 「うん」 「何を言えばいいか分からないし」 「うん」 「変なこと言ったらどうしようって考える」 「うん」 「そうすると、何も言えなくなる」 「……そっか」 「だから、学校に行かない方が楽」 僕は笑った。 「情けないよね」 「別に」 「……」 「情けなくないよ」 「でも」 「怖いものは怖いじゃん」 「……」 「私だって、怖いものあるよ」 「紬が?」 「あるよ」 「例えば?」 「病院」 その言葉が出た瞬間。 紬は少しだけ視線を逸らした。 「……病院?」 「うん」 「嫌いなの?」 「まあね」 笑っていた。 いつもの笑顔だった。 けれど。 ほんの少しだけ。 その笑顔が不自然に見えた。 「なんで?」 「注射嫌いだから」 「……子供みたい」 「うるさい」 紬が僕を睨む。 僕は笑った。 「……今、笑った?」 「え?」 「悠人」 「……笑ってない」 「笑った」 「笑ってない」 「絶対笑った」 「……」 「もう一回笑って」 「嫌だ」 「なんで?」 「恥ずかしいから」 「何それ」 紬は笑った。 僕も少しだけ笑った。 そんな時間が。 少しずつ増えていった。 八月。 九月。 十月。 季節が変わっていく。 蝉の声が減って。 風が涼しくなって。 制服を着る人が長袖になって。 街の景色が少しずつ変わっていく。 僕の生活も。 ほんの少しだけ変わった。 毎日、カーテンを開けるようになった。 朝、目を覚ましたら外を見る。 午後になると、窓を気にする。 紬が来る時間を待つ。 そんな自分に気づいたとき。 僕は少し怖くなった。 彼女が来ない日。 僕は何度も窓の外を見た。 午後三時。 三時半。 四時。 来ない。 五時。 来ない。 スマートフォンを見る。 連絡先に紬の名前がある。 いつの間にか交換していた。 『今日来ないの?』 そう送ろうとして。 やめた。 自分から送るのは、なんだか恥ずかしかった。 結局、その日は何も送らなかった。 翌日。 紬が来た。 「昨日、ごめん」 「……何が?」 「来られなかった」 「別に」 「お母さんの病院に行ってた」 「……」 僕は何も言わなかった。 「だから、昨日は来られなかった」 「そうなんだ」 「うん」 紬はいつものように笑った。 でも。 僕は思った。 病院。 また、その言葉が出た。 それが何を意味するのか。 僕はまだ知らなかった。 三 秋 十月の終わり。 紬が珍しく制服姿でやってきた。 「どうしたの?」 「学校帰り」 「……学校から直接?」 「うん」 「なんで?」 「悠人に会いたかったから」 「……」 心臓が一度、大きく鳴った。 「何、その顔」 「いや……」 「照れてる?」 「照れてない」 「嘘」 「本当」 「顔赤いよ」 「暑いだけ」 「もう寒いけど」 「……」 僕は何も言えなくなった。 紬は楽しそうに笑っている。 その顔を見ていると。 なぜか胸の奥が苦しくなる。 嫌な苦しさではない。 でも。 自分では説明できない。 その夜。 僕はベッドに寝転がりながら、スマートフォンを見ていた。 紬からメッセージが来ている。 『今日はありがと』 『また明日ね』 僕は返信を打った。 『こっちこそ』 送信。 しばらくすると。 『悠人』 『なに?』 『私たちって友達だよね?』 画面を見つめる。 指が止まった。 もちろん。 友達だ。 それ以外に何がある。 『うん』 送る。 すぐに返信が来た。 『よかった』 たった四文字。 それだけだった。 僕はスマートフォンを胸の上に置いた。 目を閉じる。 友達。 その言葉を何度も考える。 友達。 友達。 友達。 それでいい。 それが一番いい。 僕は紬のことを好きなんかじゃない。 ただ、大切な友達。 それだけ。 そう思えば。 何も怖くない。 失うこともない。 関係が変わることもない。 だから僕は。 その気持ちを「恋」と呼ばないことにした。 十一月。 ある日の帰り際。 紬が言った。 「ねえ、悠人」 「うん?」 「十二月二十四日、空いてる?」 「……たぶん」 「じゃあ、一緒に遊ぼうよ」 「……クリスマス?」 「そう」 「二人で?」 「嫌?」 「いや……」 「じゃあ決まり」 「どこ行くの?」 「考えてない」 「……」 「その日に決めればいいじゃん」 「そんな適当でいいの?」 「いいの」 紬は笑った。 「楽しければ、それでいいでしょ」 僕は頷いた。 「うん」 そのときの僕は。 まだ知らなかった。 その約束が。 僕にとって忘れられない一日になることを。 そして。 この一年間が。 僕の人生の中で、最も大切な時間になることを。 ただ。 その日を待つことだけは。 少しだけ楽しみだった。