※今回も文字数により使い方の下からスタートです! 第三章↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388822321 第五章↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388839312 登場人物 ・黒崎悠人 ・伊藤紬 ・その他〜 メモクレで読んでね〜! 表紙はチャッピーに頼みました! (チャッピー神すぎるっ!!!) 夏が終わった。 蝉の声が少しずつ遠くなり、朝の空気に秋の気配が混じるようになった。 三年生の夏休みは、思っていたより短かった。 僕は塾にも通い始めた。 進路について考える時間も増えた。 出版社で働きたい。 その気持ちは変わらなかった。 けれど、進学するならどこがいいのか。 大学へ行くのか。 どんな学部を選ぶのか。 卒業したら、どこに住むのか。 考えなければならないことはたくさんあった。 紬も同じだった。 保育士になるために、専門学校か大学か。 いくつか資料を取り寄せていた。 「これ、どっちがいいと思う?」 ある日の昼休み。 紬が二枚のパンフレットを僕の机に並べた。 「僕に聞く?」 「聞く」 「僕、保育士の学校なんて分からないよ」 「でも悠人、こういうのちゃんと見るじゃん」 「……まあ」 僕はパンフレットを見比べた。 「こっちは実習が多い」 「うん」 「こっちは大学だから、他の勉強もできる」 「うん」 「どっちがいいかは、紬が何をしたいかじゃない?」 「そうなんだよねえ」 紬が机に頬をつけた。 「悩む」 「珍しいな」 「何それ」 「紬なら、勢いで決めるかと思った」 「私だって進路くらい悩むよ」 「そうか」 「悠人は?」 「僕も悩んでる」 「出版社?」 「うん」 「大学行く?」 「そのつもり」 「じゃあ、大学受かったら一緒にお祝いしようよ」 「まだ受かるって決まってないだろ」 「受かるよ」 「根拠は?」 「私が言ってるから」 「根拠になってない」 「なるよ」 紬は笑った。 そんな会話をしているだけで。 いつもの日常だと思っていた。 この先も。 こういう時間が続くのだと思っていた。 少なくとも。 僕はそう思っていた。 九月。 文化祭の準備が始まった。 三年三組は、教室を使った小さな喫茶店をすることになった。 決めることは多かった。 メニュー。 装飾。 当日の役割。 予算。 買い出し。 僕は目立つ仕事が苦手だったので、最初は裏方を希望した。 すると。 「悠人、私と一緒に装飾やろうよ」 紬が言った。 「なんで?」 「絵、描けるじゃん」 「描けないよ」 「去年、私のノートに描いた猫」 「あれは猫じゃない」 「じゃあ何?」 「……分からない」 「ほら、才能ある」 「どんな才能だよ」 結局、僕は紬と一緒に装飾を担当することになった。 放課後の教室。 色紙を切ったり。 看板を作ったり。 ペンキを塗ったり。 そんな作業をしているうちに、時間はどんどん過ぎていった。 「悠人、そこ曲がってる」 「紬が定規貸してくれなかったから」 「自分で持ってきてよ」 「忘れた」 「じゃあ同罪」 「なんで僕まで」 「仲間だから」 そう言って、紬は笑った。 僕は、そんな紬を見るのが好きだった。 以前なら。 その気持ちを「友達だから」と片付けていた。 でも。 もう、そう簡単にはできなかった。 紬が笑っている。 それだけで嬉しい。 紬が僕を呼ぶ。 それだけで嬉しい。 紬が誰かと話していると。 どうしてか、少しだけ面白くない。 自分でも分かっていた。 これは。 友達に向ける感情とは、少し違う。 続きは↓メモクレ
ある日の放課後。 教室には僕と紬だけが残っていた。 他の生徒は帰った。 窓の外は夕方。 西日が教室に差し込んでいた。 「疲れた」 紬が机に突っ伏す。 「まだ看板終わってない」 「明日でいいよ」 「先生に怒られるぞ」 「明日の私が頑張る」 「今日の僕に押しつけるなよ」 「悠人も明日の悠人に押しつければいい」 「その理屈、嫌いじゃない」 二人で笑った。 そのとき。 紬がふいに僕を見た。 「ねえ」 「ん?」 「学園祭さ」 「うん」 「一緒に回ろうよ」 「クラスの仕事は?」 「終わったあと」 「いいけど」 「約束ね」 「分かった」 紬が小指を出した。 僕は苦笑する。 「また?」 「また」 小指を絡める。 「約束」 その瞬間。 胸が強く鳴った。 僕は、その音を聞かなかったことにした。 学園祭当日。 朝から学校はいつもと違っていた。 廊下に飾りつけがあり。 教室には人が溢れている。 校庭には屋台が並んでいた。 普段なら疲れてしまうような人混みも。 その日は、不思議と平気だった。 たぶん。 隣に紬がいたからだ。 「悠人、見て!」 「何?」 「あっち、クレープある」 「朝から?」 「朝だからいいの」 「意味が分からない」 「食べよ」 「まだ店番が……」 「休憩時間」 「いつの間に?」 「今決めた」 「勝手だな」 「行こ」 腕を引っ張られる。 僕は笑った。 昔の僕なら。 こんな人混みを歩くなんて考えられなかった。 でも今は。 紬と並んで歩いている。 それが普通になりつつあった。 「おいしい」 紬がクレープを食べながら言った。 「口についてる」 「どこ?」 「ここ」 僕が指を示す。 紬は慌てて口元を拭った。 「取れた?」 「まだ」 「どこ?」 「もう少し右」 「こっち?」 「逆」 「え?」 「そこじゃない」 「もう自分でやってよ」 「なんで僕が」 「教えたんだから責任取って」 「意味分からない」 二人で笑った。 その笑い声を聞きながら。 僕はふと思った。 この時間が。 ずっと続けばいいのに。 そう思った。 午後。 僕たちは校内を一緒に回った。 お化け屋敷。 写真部の展示。 美術部の作品。 体育館のステージ。 どこへ行っても人が多かった。 疲れた。 でも。 楽しかった。 夕方。 人が少なくなった校舎の廊下を、二人で歩く。 「楽しかったね」 紬が言った。 「うん」 「高校生活、あと少しだね」 「……うん」 その言葉に、少しだけ寂しさを感じた。 「来年もこういうことできたらいいのに」 紬が言った。 僕は足を止めた。 「……来年?」 「うん」 紬は笑った。 「大学行ったら、また文化祭とかあるでしょ」 「ああ」 「一緒に行こうよ」 「……」 「どうしたの?」 「いや」 僕は笑った。 「約束な」 「うん」 紬が笑う。 その瞬間。 僕は思った。 やっぱり。 僕はこの人が好きなんだ。 初めて。 自分ではっきりそう思った。 好き。 友達じゃない。 大切な友達だから、という言葉では足りない。 僕は紬が好きだ。 そのことを。 ようやく認めることができた。 学園祭が終わったあと。 僕は何度も告白について考えた。 言おう。 そう思った。 でも。 いつ言う? どこで? どうやって? 考えるほど怖くなった。 それでも。 前とは違った。 逃げたいわけじゃない。 伝えたい。 ただ。 今すぐじゃなくてもいい。 そう思っていた。 そんなある日の放課後。 紬から連絡が来た。 『今日、学校終わったら少し時間ある?』 『ある』 『じゃあ駅前で待ってて』 『分かった』 僕は何も疑わなかった。 駅前へ向かった。 けれど。 紬は来なかった。 十分。 二十分。 三十分。 連絡もない。 電話をかけても出ない。 嫌な予感がした。 四十分が過ぎた頃。 スマートフォンが震えた。 紬からだった。 『ごめん』 『大丈夫?』 すぐに返信する。 しばらくして。 『ちょっと病院にいる』 その一文を見た瞬間。 胸の奥が冷たくなった。 『どうしたの?』 返信は来なかった。 翌日。 紬は学校を休んだ。 その次の日も。 さらに次の日も。 僕は何度もスマートフォンを見た。 連絡しようとして。 やめた。 何を書けばいいのか分からない。 『大丈夫?』 それだけでは軽すぎる気がした。 『何の病院?』 聞いていいのか分からなかった。 結局。 僕は何も送れなかった。 四日目の放課後。 先生から呼び出された。 「黒崎」 「はい」 「伊藤のことで、少し話がある」 嫌な予感がした。 先生の顔は、いつもより真剣だった。 「伊藤は昔から体のことで病院に通っている」 「……はい」 「君は知っていたか?」 「……少しだけ」 先生は一度息を吐いた。 「伊藤は、生まれつき心臓に病気がある」 言葉が。 頭の中に入ってこなかった。 「病気……」 「ああ」 「どんな……」 「詳しいことは、本人か家族から聞いてほしい」 僕は何も言えなかった。 先生が続ける。 「今までも治療を続けてきた。学校生活もできるだけ普通に送れるようにしてきた」 「……はい」 「ただ」 先生は少し間を置いた。 「卒業後は、今までとは違う治療が必要になる可能性がある」 「……」 「遠方の病院で、長期間治療を受けることになる」 頭の中が真っ白になった。 「長期間って……」 「すぐに戻ってこられるとは限らない」 僕は椅子に座ったまま動けなかった。 紬が。 いなくなる。 卒業したら。 僕たちは別々の場所へ行く。 それは、普通のことだと思っていた。 大学が違えば。 住む場所も違う。 会う回数が減る。 それでも。 また会える。 そう思っていた。 でも。 紬の場合は。 もっと先が分からない。 「伊藤本人は、君に話すつもりだったと思う」 「……僕に?」 「ああ」 「どうして……」 「それは本人に聞いてくれ」 先生はそれ以上何も言わなかった。 その日の夜。 紬から連絡が来た。 『ごめんね』 僕は画面を見つめた。 『何が?』 『待たせたこと』 『それはいい』 すぐに返信が来る。 『そっか』 『病院、どうだった?』 しばらく既読がつかなかった。 数分後。 『今度、話す』 僕はスマートフォンを握った。 『うん』 『ちゃんと話す』 『分かった』 その夜。 僕はなかなか眠れなかった。 ずっと考えていた。 紬が病気だったこと。 今まで知らなかったこと。 何度も病院へ行っていたこと。 僕の前では、何でもないように笑っていたこと。 去年。 初めて会ったとき。 彼女は言っていた。 病院が嫌いだと。 僕は、それをただの冗談だと思っていた。 クリスマスの日。 少し疲れたように見えたこと。 初詣の日。 顔色が悪くなったこと。 それでも笑っていたこと。 全部。 繋がっていた。 僕は何も知らなかった。 いや。 知らないふりをしていたのかもしれない。 数日後。 放課後の教室に、紬が来た。 「久しぶり」 いつもの笑顔だった。 「……久しぶり」 「元気?」 「それ、僕が聞くことじゃない?」 「そう?」 「そうだよ」 紬は笑った。 でも。 その笑顔は、少しだけ無理をしているように見えた。 「先生から聞いた?」 「……うん」 「そっか」 紬は窓際の席に座った。 僕も隣に座る。 「ごめんね」 「謝らなくていい」 「でも」 「いいから」 僕は言った。 「話して」 紬はしばらく黙っていた。 「私、生まれたときから心臓が悪いの」 「……うん」 「小さい頃から病院に行ってた」 「うん」 「入院したことも何度もある」 紬は自分の手を見つめていた。 「でも、ずっと悪かったわけじゃないよ」 「……」 「薬を飲んだり、検査したりしながら普通に生活できてた」 「だから……」 「うん」 紬は僕を見る。 「私も、普通にしたかった」 その言葉が胸に刺さった。 「病気だからって、特別扱いされたくなかった」 「……うん」 「心配されるのも嫌だった」 「どうして?」 「みんなが優しくなるから」 「優しいのはいいことじゃない?」 「優しいんだけど」 紬は少し困ったように笑った。 「その優しさの中に、『どうせできないでしょ』って気持ちが混じることがあるから」 僕は黙った。 「だから、私はできるだけ普通にしたかった」 「……」 「笑って、遊んで、怒って、学校行って」 紬は一つずつ指を折るように言った。 「高校生らしいこと、いっぱいしたかった」 「……できた?」 「うん」 紬は笑った。 「すごくできた」 「……そっか」 「悠人とも出会えたし」 胸が痛かった。 「だから、後悔してない」 僕は何も言えなかった。 「でもね」 紬の声が少しだけ小さくなる。 「これから、ちょっと大変になる」 「卒業したら?」 「うん」 「遠い病院?」 「うん」 「どれくらい?」 「分からない」 その答えが、一番怖かった。 「半年かもしれない」 「……」 「一年かもしれない」 「……」 「もっとかもしれない」 僕は机の上に置いた手を強く握った。 「戻ってこられる?」 自分でも、ひどい質問だと思った。 紬は少し黙った。 「……分からない」 その言葉を聞いた瞬間。 僕の中で何かが崩れた。 卒業したら。 また会えると思っていた。 当たり前のように。 連絡して。 予定を合わせて。 駅で待ち合わせして。 くだらない話をして。 また笑えると思っていた。 でも。 その「当たり前」は。 最初から当たり前ではなかった。 「悠人」 「……何?」 「怖い?」 「……怖い」 僕は正直に言った。 「私も」 紬は笑った。 「怖いよ」 その笑顔は。 今まで見たどんな笑顔よりも。 弱かった。 僕は、何か言わなければと思った。 大丈夫。 絶対戻ってくる。 きっと治る。 そんな言葉は言えなかった。 僕には何も保証できない。 だから。 「……一人で抱えなくていいよ」 それだけ言った。 紬が目を見開く。 「僕にできることなら、言って」 「……うん」 「何もできないかもしれないけど」 「うん」 「それでも、言って」 紬はしばらく僕を見ていた。 そして。 「ありがとう」 小さく笑った。 それから。 僕たちは病気の話を、それ以上深くすることはなかった。 紬は学校に戻った。 以前と同じように笑った。 授業を受けた。 昼休みには屋上へ行った。 放課後には話をした。 でも。 何かが変わってしまった。 僕は紬を見るたびに。 卒業を意識するようになった。 残り時間を数えるようになった。 あと何日。 あと何週間。 あと何回。 そんなことを考えてしまう。 そして。 僕が一番悩んでいたこと。 それは。 告白するべきなのか。 しないべきなのか。 だった。 好きだと伝えたい。 ずっと一緒にいたいと言いたい。 でも。 紬はこれから長い治療に向かう。 そんな彼女に。 自分の気持ちを押しつけていいのか。 「好き」と言われたら。 紬はきっと優しいから。 無理をして答えようとする。 僕はそれが怖かった。 だから。 言えなかった。 時間だけが過ぎていった。 十月。 十一月。 十二月。 冬が近づく。 去年の冬。 僕たちはクリスマスを一緒に過ごした。 今年も一緒に過ごした。 去年と同じように笑った。 去年と同じように話した。 でも。 去年とは違う。 僕たちはもう。 この先にある別れを知っていた。 紬は笑っていた。 僕も笑った。 それでも。 心のどこかには。 いつも言えない言葉が残っていた。 ――好き。 たった二文字なのに。 どうしてこんなにも難しいのだろう。 僕は何度も、その言葉を飲み込んだ。 そして。 冬は、静かに深くなっていった。