※今回も使い方の下から読み始めてください! 第四章↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388833933 エピローグ↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388843041 登場人物 ・黒崎悠人 ・伊藤紬 ・その他〜 メモクレで読んでね〜! 表紙はチャッピーに頼みました! (チャッピー神すぎるっ!!!) 冬が終わろうとしていた。 十二月が過ぎ。 一月が過ぎ。 二月になると。 学校の中には、少しずつ卒業の気配が漂い始めた。 廊下には卒業式の日程が貼り出され。 教室の後ろには、進路先を書いた紙が掲示された。 受験を終えた人。 これから試験を受ける人。 就職先が決まった人。 それぞれが、自分のこれからについて話していた。 僕も。 大学が決まった。 出版社で働くという夢に近づくために、文学部へ進学する。 紬も進路が決まった。 保育について学べる学校へ行くことになった。 それを聞いたとき。 「よかったな」 僕はそう言った。 「うん」 紬は笑った。 「悠人もね」 「ありがとう」 たったそれだけの会話だった。 でも。 僕はそのあと、しばらく黙っていた。 大学が決まった。 進路が決まった。 卒業後の予定が決まった。 それなのに。 僕の中には、まだ一つだけ。 決まっていないことがあった。 紬に。 自分の気持ちを伝えるかどうか。 ずっと迷っていた。 続き↓メモクレ
二月の終わり。 放課後の教室。 僕と紬は、窓際の席に座っていた。 外はまだ寒い。 空は少し暗くなり始めている。 「卒業まで、あと何日だと思う?」 紬が聞いた。 「知らない」 「数えてないの?」 「数えると寂しくなるから」 「……そっか」 紬は笑った。 「私も」 僕は窓の外を見る。 校庭では、運動部の生徒が練習していた。 声が聞こえる。 ボールを蹴る音。 笑い声。 笛の音。 いつもと同じ学校の風景。 でも。 僕には、少しだけ違って見えた。 「ねえ、悠人」 「何?」 「卒業したらさ」 「うん」 「ちゃんと連絡してよ」 「するよ」 「絶対?」 「絶対」 「忘れたら怒るから」 「忘れない」 「私もする」 「うん」 紬は少しだけ笑った。 「じゃあ、大丈夫だね」 その言葉が。 僕には少しだけ苦しかった。 大丈夫。 そう言い切れるほど。 僕たちの未来は簡単じゃない。 紬は卒業後、遠くの病院へ行く。 どれくらいの期間になるか分からない。 治療がどうなるのかも。 いつ帰ってこられるのかも。 何も分からない。 それでも紬は。 「大丈夫」と言う。 たぶん。 自分自身に言い聞かせているのだと思う。 その日の夜。 僕は机の前に座っていた。 目の前には一枚の紙がある。 白い紙。 そこに。 何度も書いた。 何度も消した。 何度も書き直した。 ――好きです。 それだけ。 たったそれだけの言葉が。 どうしても書けなかった。 書いては消す。 消しては書く。 最後には紙を丸めた。 ゴミ箱を見る。 紙の山ができていた。 「……何やってるんだ、僕」 自分でも笑ってしまう。 直接言えばいい。 そう思った。 でも。 怖かった。 断られることが怖いんじゃない。 紬を困らせることが怖かった。 もし僕が「好き」と言ったら。 紬はきっと。 僕の気持ちを大切にしようとする。 自分が大変な状況なのに。 僕のことまで考えてしまう。 そんなことはさせたくない。 でも。 何も言わないまま離れるのも。 嫌だった。 このまま何も伝えなかったら。 僕はきっと後悔する。 だから。 決めた。 卒業の日。 最後に。 ちゃんと伝えよう。 好きだということを。 返事を求めるつもりはない。 ただ。 僕が紬を好きだったことだけは。 伝えたい。 三月になった。 卒業式の練習が始まった。 体育館に並んで。 何度も礼をする。 証書を受け取る練習。 歌の練習。 先生の話。 何もかもが。 少しずつ「最後」になっていく。 最後の授業。 最後の昼休み。 最後の屋上。 最後の放課後。 そのたびに。 僕は紬を見た。 紬は笑っていた。 「悠人」 「何?」 「今日、屋上行こう」 「うん」 最後の屋上。 僕たちはいつもの場所に座った。 三月の風は冷たかった。 でも。 冬の頃より少しだけ柔らかい。 「ここ、結構来たね」 紬が言った。 「うん」 「最初に来たとき覚えてる?」 「覚えてる」 「私、悠人を無理やり連れてきた」 「無理やりではない」 「じゃあ、ちょっと強引」 「それもどうかな」 「じゃあ何?」 「……紬らしかった」 「何それ」 紬が笑った。 僕も笑った。 「ここで、いろんな話したよね」 「したな」 「昔のこととか」 「うん」 「将来のこととか」 「うん」 「くだらないことも」 「そっちのほうが多かった」 「そう?」 「うん」 「でも、楽しかったね」 「……うん」 僕は空を見上げた。 卒業する。 明日からは。 ここへ来る理由がなくなる。 この屋上も。 この教室も。 この廊下も。 全部。 僕たちの「高校生」という時間の中にしか存在しない。 「悠人」 「ん?」 「私ね」 紬が言った。 「高校生活、結構好きだった」 「うん」 「病院ばっかりの時期もあったけど」 「……」 「それでも、ここに来てよかった」 僕は紬を見る。 「友達もできたし」 「うん」 「先生にも怒られたし」 「それはいつもだろ」 「ひどい」 紬が笑う。 「それに」 少し間を置いて。 「悠人に会えたから」 胸が痛くなった。 僕は何も言えなかった。 「だから」 紬が続ける。 「卒業するの、ちょっと寂しい」 「……僕も」 「でも、終わりじゃないよね」 「うん」 「また会えるよね」 「……うん」 僕は答えた。 その言葉を。 自分自身にも言い聞かせるように。 卒業式前日。 僕は一人で帰るつもりだった。 でも。 昇降口で紬に呼び止められた。 「悠人」 「どうした?」 「明日」 「うん」 「式が終わったら、少し時間ある?」 「ある」 「じゃあ、待ってて」 「分かった」 「約束」 「うん」 紬は笑った。 その笑顔を見ながら。 僕は思った。 明日。 言おう。 絶対に。 もう迷わない。 三月の卒業式当日。 朝から、学校はいつもと違っていた。 教室には花が飾られている。 黒板には、誰かが書いた寄せ書き。 机の上には、卒業証書を入れる筒。 みんな、いつもより少しだけ騒がしい。 「卒業って感じしないね」 紬が言った。 「うん」 「昨日もここにいたし」 「今日もいる」 「でも、今日で終わり」 「……そうだな」 先生が入ってくる。 最後のホームルーム。 先生はいつもより長く話した。 勉強のこと。 これからのこと。 失敗してもいいということ。 困ったときは誰かに頼っていいということ。 僕はその話を聞きながら。 紬を見た。 彼女は真剣な顔で先生の話を聞いていた。 やがて。 「それでは、体育館へ移動するぞ」 先生が言った。 僕たちは立ち上がった。 卒業式は。 あっという間だった。 名前を呼ばれる。 壇上へ上がる。 証書を受け取る。 頭を下げる。 席へ戻る。 それだけのことなのに。 胸の奥が熱くなった。 校長先生の話。 在校生代表の言葉。 卒業生代表の答辞。 最後に。 校歌。 歌い終わったとき。 僕たちは本当に卒業した。 体育館を出る。 廊下に戻る。 そこには。 もう「三年三組」という札がなかった。 教室へ戻る。 黒板には。 『卒業おめでとう』 と書かれていた。 何人かが写真を撮っている。 泣いている人もいる。 笑っている人もいる。 先生に抱きついている人もいた。 僕は。 そんな光景を少し離れたところから見ていた。 そして。 紬を探した。 いた。 窓際に立っていた。 一人だった。 僕はゆっくり近づいた。 「紬」 「悠人」 振り向く。 「卒業したね」 「したな」 「なんか変な感じ」 「うん」 「これで高校生じゃないんだね」 「そうだな」 少しだけ沈黙。 僕の心臓が速くなる。 言わなきゃ。 今。 ここで。 「紬」 「うん?」 僕は口を開いた。 「僕――」 そのとき。 紬の顔が見えた。 笑っていた。 でも。 その目の奥には。 不安があるように見えた。 これから始まる治療。 知らない場所。 長い入院。 いつ戻れるか分からない未来。 きっと。 怖いのだ。 今まで何度も笑ってきた彼女が。 初めて。 隠しきれないほど不安そうな顔をしていた。 その瞬間。 僕は。 言えなくなった。 好き。 その言葉を。 今、僕が言ったら。 紬はどうするだろう。 きっと。 優しいから。 自分の不安を隠して。 僕の気持ちを受け止めようとする。 それは。 僕が望んでいることじゃない。 僕は。 紬に僕のための答えを求めたくなかった。 ただ。 安心してほしかった。 これから先。 何も分からない未来へ進む彼女に。 少しでも。 安心してほしかった。 だから。 僕は。 言葉を変えた。 「……卒業、おめでとう」 紬が瞬きをした。 「……うん」 「これから大変なこと、いっぱいあると思う」 「うん」 「怖いこともあると思う」 「……うん」 「でも」 僕は、できるだけ笑った。 「紬なら大丈夫だと思う」 「……」 「無理して元気にならなくてもいい」 「……うん」 「怖いときは、怖いって言っていい」 紬の目が少し潤んだ。 「辛いときは、誰かに頼っていい」 「うん」 「それで」 僕は一度だけ息を吸った。 「ちゃんと戻ってきて」 紬が僕を見る。 「……うん」 「戻ってきたら」 僕は笑った。 「また一緒に遊ぼう」 「……うん」 「屋上はもう入れないかもしれないけど」 「じゃあ、別の場所探そう」 「そうだな」 「約束?」 「約束」 紬が小指を出した。 僕も小指を絡める。 何度もやった。 いつもの約束。 でも。 これが。 高校生として最後の約束だった。 「絶対、また会おうね」 紬が言った。 「うん」 僕は答えた。 「絶対」 校門を出る。 そこには。 たくさんの卒業生がいた。 写真を撮る人。 先生と話す人。 友達同士で笑う人。 家族と一緒に帰る人。 僕と紬は、その少し外側を歩いた。 「じゃあ」 駅へ向かう道の途中。 紬が立ち止まった。 「ここで」 「うん」 「大学、頑張ってね」 「紬も」 「連絡するね」 「僕からもする」 「忘れないでよ」 「忘れない」 紬は笑った。 「じゃあね、悠人」 「じゃあ」 手を振る。 紬が歩いていく。 数歩。 十歩。 二十歩。 少しずつ遠くなる。 僕は追いかけなかった。 追いかけて。 「好きだ」 と言うこともできた。 何度も頭の中で練習した。 何度も想像した。 けれど。 あの日。 僕が選んだのは。 告白じゃなかった。 それでいいと思った。 少なくとも。 僕は、そう思いたかった。 紬が角を曲がる。 姿が見えなくなる。 僕はしばらく、その場所に立っていた。 そして。 一人で帰った。 帰宅して。 制服のまま部屋に入った。 机の上に。 卒業証書がある。 僕はそれを見た。 三年間。 いろいろあった。 学校が怖かった。 人が怖かった。 言葉が怖かった。 外へ出ることすら怖かった。 そんな僕が。 誰かと出会った。 話した。 笑った。 一緒に歩いた。 一緒にご飯を食べた。 一緒に未来の話をした。 そして。 好きになった。 でも。 好きだとは言わなかった。 僕はスマートフォンを手に取った。 紬からメッセージが来ていた。 『今日はありがとう』 僕は返信する。 『こちらこそ』 すぐに既読がつく。 『また会おうね』 『うん』 『約束』 『約束』 それだけ。 僕はスマートフォンを置いた。 窓の外を見る。 もう夕方だった。 高校生活が終わった。 僕の中にあった何かも。 少しだけ変わった気がした。 告白はしなかった。 だからといって。 僕の気持ちが消えたわけではない。 好きだった。 今も。 きっと。 これからも。 でも。 それを伝えなかったことを。 僕は後悔しなかった。 あの日。 紬が見せた不安そうな顔を見て。 僕は思ったのだ。 今の彼女に必要なのは。 僕の気持ちではない。 「大丈夫」と言ってくれる人。 「帰ってきていい」と言ってくれる人。 そして。 「また会おう」と言ってくれる人。 その一人に。 僕はなりたかった。 だから。 あの日の僕は。 あれでよかったのだと思う。 高校三年間。 僕は紬に出会った。 それだけで。 僕の人生は変わった。 だから。 いつか。 また会える日まで。 僕も。 自分の道を歩こうと思った。