第五章↓ https://scratch.mit.edu/projects/1388839312 登場人物 ・黒崎悠人 ・伊藤紬 ・その他〜 メモクレで読んでね〜! 表紙はチャッピーに頼みました! (チャッピー神すぎるっ!!!) さいごに 最後まで読んでいただきありがとうございます! 今作品は主人公の黒崎悠人目線でした! もし好評であればヒロインとなった伊藤紬目線の作品も作りたいと思います!
三年という時間は、長いようで短い。 高校を卒業してから三年。 僕は大学を卒業し、今は小さな出版社で編集の仕事をしている。 子供の頃から本が好きだった。 だから、本に関わる仕事がしたかった。 それが今、叶っている。 毎日、本を読む。 原稿を読む。 文章を直す。 作家と打ち合わせをする。 ときには、何度も書き直してもらうこともある。 自分の言葉で誰かに何かを伝えることも増えた 昔の僕なら、考えすぎて何も言えなかったようなことも。 少しずつだけれど、言えるようになった。 もちろん、今でも人と話すのは得意じゃない。 初対面の人と話すときは緊張するし、 大人数の会議では今でも発言する前に何度も頭の中で言葉を組み立てる。 それでも。 昔よりは、ずっと楽になった。 自分の言葉が誰かにどう届くのか。 それを怖がるだけではなく。 間違えたら、言い直せばいい。 伝わらなかったら、もう一度伝えればいい。 そう思えるようになった。 たぶん。 あの高校三年間があったからだと思う。 そして。 伊藤紬に出会ったから。 仕事が終わった帰り道。 僕は駅まで歩いていた。 春だった。 少し暖かくなった風が、街路樹の枝を揺らしている。 駅前の本屋に立ち寄る。 仕事柄、本屋へ行くことは多い。 新刊を眺める。 小説。 エッセイ。 絵本。 実用書。 その中に。 子供向けの絵本が並んでいた。 僕は足を止めた。 ふと、紬のことを思い出した。 保育士になりたいと言っていた。 病院にいた頃。 小さな子供たちと遊んだこと。 怖い場所にいる子供たちにとって、安心できる人になりたいと言っていた。 あれから三年。 紬は今、どうしているだろう。 僕はスマートフォンを取り出した。 連絡先の中には。 今でも「伊藤紬」の名前がある。 何度か連絡を取ったことはある。 最初の頃は、短いメッセージを送り合っていた。 元気? そっちはどう? 学校はどうだった? 治療はどう? そんなやり取り。 でも。 入院生活が長くなるにつれて、連絡は少しずつ減っていった。 忙しいのだろう。 治療に集中しているのだろう。 そう思っていた。 それでも。 連絡先を消したことは、一度もない。 たまに。 紬から短いメッセージが届くことがある。 『今日は天気いいよ』 『そっちは?』 『こっちは桜が咲いた』 そんな、本当に何でもないメッセージ。 僕も返す。 『こっちも晴れてる』 『仕事忙しい』 『でも元気』 それだけ。 長い会話をすることは、ほとんどなくなった。 それでも。 僕は嬉しかった。 紬がそこにいることが分かるから。 紬の病気がどうなったのか。 僕は詳しいことまでは知らない。 治療は続いている。 それだけは知っている。 今も遠い場所にいる。 入院している時期もあれば、外に出られる時期もあるらしい。 昔より体調が安定したと聞いたこともある。 けれど。 完全に治ったわけではない。 だから僕は。 「元気?」 と聞くことはあっても。 「もう大丈夫?」 とは聞かない。 その言葉が、彼女を縛るかもしれないと思うから。元気じゃなくてもいい。 大丈夫じゃない日があってもいい。 ただ。 生きていてくれればいい。 笑える日が少しでもあればいい。 好きなものを好きだと言える日があればいい。 そう思っている。 僕は本屋を出た。 駅へ向かう。 信号が赤になった。 足を止める。 目の前を、制服姿の高校生が歩いていく。 三年前の僕たちと同じくらいの年齢だ。 笑いながら歩いている。 くだらない話をしている。 肩をぶつけて。 笑って。 また歩いていく。 僕はその姿を見ながら。 高校時代を思い出した。 教室。 屋上。 学園祭。 雨の日の帰り道。 クリスマス。 初詣。 そして。 卒業の日。 紬の顔。 あの日。 僕は告白しなかった。 今でも。 ときどき考えることがある。 もし。 あの日。 「好きだ」と伝えていたら。 何か変わっていたのだろうか。 紬はどう答えただろう。 僕たちは付き合っていただろうか。 それとも。 少し困った顔をして。 「ごめん」と言っただろうか。 分からない。 もう。 知ることはできない。 でも。 僕は後悔していない。 本当に。 不思議なくらい。 後悔していない。 あの日。 僕は紬の不安そうな顔を見た。 そのとき。 自分の気持ちを伝えるより。 彼女が少しでも安心できる言葉を選びたかった。 それが正しかったのか。 今でも分からない。 でも。 あのときの僕には。 あれが精一杯だった。 そして。 あれでよかったと思っている。 信号が青になる。 僕は歩き出した。 駅へ向かう。 途中でスマートフォンが震えた。 ポケットから取り出す。 紬からだった。 『悠人』 それだけ。 僕は少し笑った。 『なに?』 すぐに返信が来る。 『今、何してる?』 『仕事終わって帰ってる』 『そっか』 少し間が空いた。 『私も、今日ちょっと外に出た』 僕はその文章を見つめた。 『それはよかった』 『うん』 『天気いい?』 『すごくいい』 『じゃあ、よかったな』 『うん』 また少し間が空く。 そして。 『ねえ』 僕は画面を見る。 『覚えてる?』 何を。 そう聞こうとして。 やめた。 たぶん。 分かっている。 『覚えてるよ』 送る。 しばらくして。 『約束』 その二文字が届いた。 僕は笑った。 『うん。約束』 三年前。 卒業の日。 僕たちは。 「また会おう」と約束した。 まだ。 その約束を果たせていない。 でも。 約束がなくなったわけじゃない。 いつか。 紬の治療が落ち着いたら。 彼女が帰ってこられたら。 僕が会いに行けるようになったら。 そのとき。 また会えばいい。 急ぐ必要はない。 約束は。 急いで果たさなければ消えてしまうものじゃないから。 僕は駅のホームで電車を待った。 夕方の空を見上げる。 高校生だった頃とは違う。 僕はもう。あの頃の僕ではない。 紬も。 きっと。 あの頃の紬ではない。 それぞれの場所で。 それぞれの時間を生きている。 それでも。 あの日々がなくなることはない。 僕が人を怖いと思っていたこと。 外へ出られなかったこと。 紬と出会ったこと。 一緒に笑ったこと。 屋上で未来の話をしたこと。 学園祭を一緒に回ったこと。 卒業の日。 告白しなかったこと。 全部。 僕の中に残っている。 だから僕は。 あの日に戻りたいとは思わない。 やり直したいとも思わない。 もしもう一度、高校三年生の春に戻れたとしても。 たぶん。 僕は同じように紬と話して。 同じように笑って。 同じように悩んで。そして。 同じように、あの日。 「また会おう」と言うのだと思う。 それでいい。 僕はそう思っている。 電車が来た。 扉が開く。 僕は乗り込む。 窓の外を眺める。 街の景色が流れていく。 ポケットの中でスマートフォンが震えた。 また紬からだった。 『悠人』 『なに?』 『今度、本当に会おうね』 僕は少しだけ考えてから。 返信した。 『うん』 『今度は僕から会いに行く』 送信する。 すぐに既読がついた。 そして。 『楽しみにしてる』 その文字を見て。 僕は笑った。 窓の外を見る。 電車はゆっくりと進んでいく。 僕も。 僕の人生を進んでいく。 紬も。 彼女の人生を進んでいる。 いつか。 また同じ場所に立てる日が来ることを願って。 それまで。 僕は僕の道を歩く。 彼女には。 彼女の幸せがある。 僕には。 僕の幸せがある。 それぞれの場所で。 それぞれの人生を。 それでも。 あの日の約束だけは。 きっと。 どこかで続いている。 僕はスマートフォンをポケットにしまった。 そして。 静かに目を閉じた。 高校生だった頃の僕は。 未来が怖かった。 何が起こるか分からないから。 でも今は。 少しだけ違う。 未来が分からないからこそ。 楽しみにできることもある。 いつか。 紬とまた会う日を。 僕は、そんなふうに待っている。 後悔はない。 あの日、伝えなかったことにも。 あの日、選んだ言葉にも。 ただ。 彼女が幸せでいてくれたらいい。 心から。 そう願っている。 それだけで。 僕の三年間は。 十分に意味があったと思う。 そして。 これから先も。 僕は歩いていく。 いつかまた。 彼女に会えるその日まで。 ――これは。 僕と伊藤紬が過ごした。 ほんの少しの時間の話。 けれど。 僕にとっては。 一生忘れない時間の話だ。 そして。 もし、いつか。 あの頃の僕に一言だけ伝えられるとしたら。 僕はきっと。 こう言う。 「大丈夫」 「ちゃんと、前に進めるよ」 「だから、怖がらなくていい」 「誰かを好きになることも」 「誰かと別れることも」 「それでも、もう一度歩き出すことも」 全部。 きっと。 大丈夫だから。 電車が次の駅へ滑り込む。 扉が開く。 僕は立ち上がる。 そして。 前を向いて歩き出した。 物語は。 ここで終わる。 けれど。 僕たちの人生は。 まだ続いている。 (読み終わったら次は使い方の下のを読んでね!)