天雄奏の紅葉想記。それは僕たちが見たり経験したもの、思ったことなどを紅葉のように優しく語る日記のようなもの。この年になりケモナーの人生とは何か考え始める。どうぞ見ていっていただけたら幸いです。 ============================ 次回 https://scratch.mit.edu/projects/1391010741/ 前回 https://scratch.mit.edu/projects/1387679619/
「この人たちはケモノを何だと思ってるんだ?」 ============================ 僕はケモナーのいるスタジオを見るとそんなことをいつも悪の心で思ってしまう。 みなさんは「イラストコンテスト」(イラコン)をご存じですか?名前の通り、イラストを描いて誰がうまいかで順位をつけたり賞をつける小規模なイベントです。ケモナーの間でもこんなのがスクラッチではたびたびおこなわれる。それを見ると僕はこんなことを毎回思い浮かべる。 ============================ 「自分の分身をそうやって周りからの評価の手段にして何がいいんだろう。」 「絵がうまいから、下手だから何なんだよ。」 ============================ と、だいたい参加してるのは今にも人気になりたそうな画力低めのケモナーたち。あまり刺さらない。鼻で笑ってしまうこともある。なぜ、自分を苦しめるんだ?ケモナーは、絵がうまくなければいけないのか?周りから認められたいのか? 僕もそういうときがあった。いまから数十か月前くらい。イラストコンテストや、ケモアニ参加シートをやっていた頃があった。今はくだらないと思いほとんど削除した。一応参加シートのほうは「やめます」と言っておいた。今のところ大きな後悔はしていない。参加シートはまたやるかもしれないが、イラストコンテストはやるとしても、今のところ、経験としてのあと一回くらいだと思う。自分の子たちをそんなものに使いたくない。自分たちの人生を共有するなとは言ってない。これもやはり生きづらい世の中の要因の一つなのかもしれない。同じスタジオでこのようなコメントもあった。 =================== 「入りたいです。絵は描けませんけど。」 =================== 怒りに似た悲しみが込み上げた。なぜこんなことを言わせる?言わせるような雰囲気を作る?僕は少し変だと思う。ケモノが「好き」ならそれでいい。絵が描けなくても着ぐるみが作れなくても、自分とケモノの物語があればなんでもいい。少数だと思うが悩んでいる人もいるだろう。でもいいんだ。たとえそれが2、3人のような複数人でも一人でも、他人のことなど関係ない。正直本当にひどい言い方になるが、ケモナーをやめるのも一つの手だ。別に絵が下手なケモナーをバカにしたいのではなく、下手だろうがケモノを愛する気持ちを忘れないでほしいということだ。最初の一歩を踏み始めるのは何事であろうがやはり大きな一歩だと実感できる。今回すこし強い言い方でごめんなさい。最後まで見ていただきありがとうございます。 2026年10月13日 奏佑 #ケモノ #furry #ケモナー #考察 #孤独 #コンテスト