メモに書いてあります
ある日、自転車で散歩していた。「あれっ?」 前方に見覚えのある後ろ姿があった。あの人は……! わたしはブレーキをかけて、自転車を止めた。 「あのう」 わたしが声をかけると、その人も立ち止まった。振り向いて、驚いた顔をした。 「あっ、きみは……」 「先日はどうもありがとうございました!」 深々と頭を下げた。 「いやあ、こちらこそ」 頭を掻いている。 「お仕事ですか? 今日はスーツじゃないんですね」 彼はいつものチェック柄のシャツにジーンズというラフな格好だった。 「うん、まあ。ちょっと人と会ってたんだ」 「そうなんですね」 わたしたちは並んで歩き出した。 「あのあと大丈夫だったかい?」 「はい。おかげで助かりました」 「それはよかった」 そう言って笑った彼の顔を見て、胸の奥がきゅんとなった。 ――ああ、やっぱりこの人が好き……。 あらためて実感する。 しばらく歩くうちに、彼がわたしのことを気にかけてくれていたことがわかった。 「あのときは僕のほうが危なかったからさ」 彼は苦笑いして言った。 「えっ?」 「ほら、僕のほうはヘルメットを被っていたけど、きみはノーヘルだっただろ」 「あー」 言われてみると、確かにそうだ。 「すみません。全然考えてませんでした」 わたしが謝ると、彼は首を横に振った。 「いいんだよ。無事ならそれで」 優しい言葉をかけられて嬉しくなる。 その後もぽつぽつと会話を交わしながら歩いた。そして、別れ際に連絡先の交換をした。 ――やったあ! 心の中でガッツポーズをする。 「じゃあまた」 「はい。失礼します」 小さく手を振り合って別れた。 *** 家に帰ったあとも、ずっと気分がふわふわとしていた。ベッドの上に寝転んでスマホを見る。彼とのトーク画面を開いたまま、じっと見つめている。 ――今度会ったときに何を話そうかな。 考えるだけでわくわくしてきた。 ――今度はちゃんとしたデートをしてみたいなぁ。映画とか観に行ってもいいかも。 そんなことを考えているうちにあることを思いついた。 ――そうだ。今度は自分から誘ってみよう。 思い立ったらすぐに行動に移してしまう性格なので、その場でメッセージを送った。『来週の日曜日は何か予定ありますか?』 すると、返信はすぐに来た。『特にないよ』 ――よし! わたしはすかさず、『それなら一緒に遊びに行きましょう!』と送った。すると彼からも即座にOKの返事が来た。――嬉しい!! 飛び上がりたいくらい嬉しかったけれど、そこはぐっと我慢した。 それから何度かやりとりを繰り返したのち、待ち合わせ場所と時間を決めた。 ――ついに初デートだ……。 緊張しながらも楽しみで仕方がなかった。 約束の当日、わたしはかなり早めに着いたつもりだったのだけれど、すでに彼はそこにいた。 「こんにちは」 「やあ、早いね」 「いえ、あなたこそ」 「僕はいつだってこれくらいだよ」 爽やかな笑顔で言う。 「どこ行きます?」 「うーん。とりあえず街に出ようか」 「わかりました」 ふたり並んで歩き出す。こうして隣り合うだけでもどきどきしてしまう。 「何食べたいか決めてる?」 「実はあんまり……」 「じゃあ、適当に歩いてみておいしいものを探すっていうのはどうかな」 「賛成です!」 そういうことになった。 ぶらぶらと歩き回っているうちに、小腹が減ってきた。ちょうど近くにクレープ屋さんがあったので、そこで食べることにした。 「どれにする?」 メニューを見ながら訊かれる。 「えーっと……じゃあこれで」 チョコバナナを選んだ。 「僕はこれにしようかな」 彼は苺&生クリームにしたようだ。店員のお姉さんのところへ行き、注文する。 「お待たせしました~」 しばらくして出てきたクレープを手に持って、近くのベンチに移動した。 「いただきまーす」 ぱくっ、と一口齧る。甘い味が口に広がって幸せな気持ちになる。 「おいしいね」 「はい」 彼に見守られながら、夢中で食べ続けた。 「ねえ」 「なんですか?」 「ここについてるよ」 「えっ?」 「ほら」 彼は自分の左頬を指差した。 「えっ? えっ?」 慌てて触ってみると、確かに何かついている感触がある。 「ほら、こっち向いて」 言われるままに彼のほうへ顔を向ける。彼は身を乗り出して、右手を伸ばす。親指がそっと触れた瞬間、心臓が大きく跳ねた。 「あっ……」 思わず声が出てしまった。彼は気にせずそのまま拭ってくれた。その手が離れていくとき、名残惜しいと思った。 「はい、取れたよ」 「ありがとうございます」 お礼を言う声が震えそうになった。その後、残りのクレープもすべて平らげた。 クレープを食べ終えた後は、ゲームセンターに行った。UFOキャッチャーをしたり、プリクラを撮影したりした。楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。 夕方になって空が赤く染まる頃、公園のベンチに座って休憩することにした。 「今日は楽しかったね」 「はいっ」 「きみと一緒にいると本当に飽きないよ」 「本当ですか?」 「うん。一緒にいてすごく刺激的だなって思う」 「それはわたしも同じです」 「そうか。同じなのか」 彼は微笑んだ。 それから少しの間沈黙が流れた。彼が先に口を開いた。 「あのさ、ひとつお願いしてもいいかな」 「はい、どうぞ」 「手を繋いでもいいかい」 「えっ!?」 驚いて彼の顔を見た。 「ダメ?」 「いえ、全然そんなことありません!むしろ大歓迎というか……」 しどろもどろになりながらも答えた。 「じゃあ、失礼します」 彼は左手を差し出した。 「はい、こちらこそよろしくお願いします」 わたしはぎゅっと握り返した。 *** 家に帰ってからも、彼の手の温もりが残っていた。 ――明日もまた会えるんだよな。 そのことを考えるだけで胸が高鳴った。 *** 翌日、いつものように待ち合わせて、一緒に電車に乗った。昨日と同じように会話を交わしながら過ごした。そして、乗り換えの駅で降りようとしたところで、突然、後ろから声をかけられた。 「ちょっと待ったー!!」 振り返ると、そこには制服を着た女子高生が立っていた。彼女はずんずんと近づいてきて、わたしたちの前に立った。 「あなたたち、どういう関係なの?」 鋭い視線で睨みつけてくる。――誰だろう……。 見たことのない子だった。 「知り合い?」 彼が小声で訊ねる。 「いいえ、まったく知らない人です」 わたしも同じように小声で答える。すると、目の前の少女は怒ったような表情になった。 「ちょっと! 聞こえてるんですけど!」「すみません……」 反射的に謝ってしまったけれど、心の中では「何でわたしたちが怒られてるの?」と思っていた。 少女は腕組みをしてわたしたちを交互に見ると、低いトーンで言った。 「付き合ってないなら手を繋ぐ必要ないよね?」 「えっ?」 わたしたちは同時に首を傾げる。 「あなたたち、ただの友達でしょ。それなのにどうして繋ぐの? おかしいじゃん」 「えっと……」 わたしは返答に困ってしまう。すると、代わりに彼が口を開いた。 「おかしくはないと思うよ。だって、僕たちは恋人同士なんだから」 「えっ?」 今度はわたしが驚く番だった。 「はあ? 何言ってんの? そんなわけないでしょうが」「そうだね。嘘だよ」 さらりと認める彼。――ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!! 衝撃的な発言に頭がついていかない。 「ふざけんな!」 怒りに満ちた声とともに、ばしっと平手打ちの音が響いた。彼女は彼を思いきり叩いたのだ。 「痛いなぁ」 彼は特に驚いた様子もなく、淡々と呟いた。 「最低!」 捨て台詞を残して、足早に立ち去っていく彼女...