《厳島之戰 第壱夜解説コーナー》 ・タイトル タイトルである「大寧寺」は現在の山口県長門市にある寺で、冒頭で大内義隆が自刃した地です。また、大内義隆の自刃に関する一連の事変を「大寧寺の変」と呼称します。 ・大内氏の栄華 南北朝時代、大内氏は足利尊氏(北朝)の九州下向に援助をし周防守護職に任ぜられるも南朝に寝返る。その後尊氏から周防国と長門国の支配権を与えるという条件で北朝に帰順した。 時は流れて応仁、山名宗全の後釜として西軍の事実上の総大将となった大内氏は、その混乱の中で京から多数の文化人を周防に避難させ、文化的にも政治的にも守護たちの中で頭角を示していった。 ・陶晴賢という名称 作中ではサムネ右の墨絵くんのことを「陶晴賢」と呼称していますが、実際彼が「陶晴賢」と名乗ったのは大寧寺の変から厳島の戦いまでの僅か数年であり、其れ迄は「陶隆房」を名乗っていました。ただ作中では時代設定(ちょうど大寧寺〜厳島)や知名度(とある漫画の台詞に出てきたらしい)を鑑みて、今後も「陶晴賢」の呼称を用いていきます。 ・吉川元春と陶晴賢 吉川元春と陶晴賢は義兄弟です。義兄弟の契りを交わした経緯も書こうと思ったのですが、信頼できる情報がなかったので割愛します。 「厳島之戰」専用スタジオ https://scratch.mit.edu/studios/34505481/ #厳島の戦い #stories 関係ないけど晴賢くんって美人だったそう…(僻み)